石川総陽(読み)いしかわ ふさはる

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「石川総陽」の解説

石川総陽 いしかわ-ふさはる

1693-1744 江戸時代中期の大名
元禄(げんろく)6年生まれ。相模(さがみ)(神奈川県)小田原藩主大久保忠増(ただます)の7男。石川総茂(ふさしげ)の養子となり,享保(きょうほう)18年常陸(ひたち)(茨城県)下館(しもだて)藩主石川家2代。延享元年4月10日死去。52歳。初名は尹要(ただのり)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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