沢田廉三(読み)さわだ れんぞう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「沢田廉三」の解説

沢田廉三 さわだ-れんぞう

1888-1970 大正-昭和時代の外交官
明治21年10月17日生まれ。沢田節蔵の弟。大正3年外務省にはいり,昭和13年外務次官。駐仏大使,初代ビルマ大使などをへて,ふたたび外務次官。戦後,国連大使として日本の国連加盟につくした。また日韓会談首席代表をつとめた。日本ビルマ協会会長。妻は沢田美喜。昭和45年12月8日死去。82歳。鳥取県出身。東京帝大卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の沢田廉三の言及

【沢田美喜】より

…社会事業家。三菱本家・旧男爵岩崎久弥の長女として東京で生まれ,外交官沢田廉三に嫁し,海外生活中にキリスト教(聖公会)に入信。第2次大戦後,駐留軍兵士と日本女性との間に生まれた混血孤児のために,1948年私財を投じて大磯にエリザベス・サンダース・ホームを開設し,2000人を超す孤児を育て,海外との養子縁組を進めた。…

※「沢田廉三」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

焦土作戦

敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...

焦土作戦の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android