石位寺(読み)いしいでら

日本歴史地名大系 「石位寺」の解説

石位寺
いしいでら

[現在地名]桜井市忍阪

忍阪おつさか集落南の山手にある小寺高円山と号し、融通念仏宗。堂内に本尊石造浮彫伝薬師三尊像(国指定重要文化財、白鳳時代)安置石像は高さ一・一五メートルで、円みのある三角状の花崗岩に半肉彫で三尊仏を刻む。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

世界大百科事典(旧版)内の石位寺の言及

【石仏】より


[日本]
 《日本書紀》敏達13年(584)条に鹿深臣が百済から弥勒石仏を将来したとあり,これが記録上の初見であるが,飛鳥時代の石仏の遺品は知られていない。奈良時代の遺品に,奈良県石位寺三尊像(砂岩?,半肉彫),兵庫県加西市の古法華三尊像龕(凝灰岩,半肉彫),奈良市高畑町の頭塔(ずとう)(花コウ岩,薄肉彫。方墳状の土塔の四方に十数個の石仏を配する),奈良県宇智川磨崖仏(線刻)などが知られる。…

※「石位寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」