筑紫磐井(読み)つくしの いわい

山川 日本史小辞典 改訂新版 「筑紫磐井」の解説

筑紫磐井
つくしのいわい

?~528.11.-

竺紫君石井とも。6世紀前期の筑紫国造。君姓。「日本書紀」によれば,磐井は,継体21年,近江毛野(おうみのけの)の率いる新羅(しらぎ)征討軍の任那(みまな)派遣阻止を画策した新羅に懐柔され,反乱をおこした。しかし翌年11月,物部麁鹿火(もののべのあらかひ)と戦い,御井郡で敗死(磐井の乱)。子の葛子(くずこ)は贖罪として糟屋屯倉(かすやのみやけ)を献じたという。「筑後国風土記」逸文に磐井の墓の伝承があり,岩戸山(いわとやま)古墳に比定されている。

出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「筑紫磐井」の解説

筑紫磐井 つくしの-いわい

磐井(いわい)

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