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物部麁鹿火 もののべのあらかび

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大辞林 第三版の解説

もののべのあらかび【物部麁鹿火】

?~535) 武烈・継体・安閑・宣化天皇の大連おおむらじ。筑紫国造磐井いわいの反乱を鎮圧した。

出典|三省堂
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百科事典マイペディアの解説

物部麁鹿火【もののべのあらかび】

古代の豪族。物部麻佐良(まさら)の子。仁賢(にんけん)・武烈(ぶれつ)・継体(けいたい)・安閑(あんかん)・宣化(せんか)の5朝に仕え,大伴金村とともに大連(おおむらじ)であった。

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朝日日本歴史人物事典の解説

物部麁鹿火

没年:宣化1.7(536)
生年:生年不詳
5世紀末から6世紀初にかけての政治家,武将。名は荒甲とも書く。『先代旧事本紀』に引用される『天孫本紀』によれば,饒速日命14世孫で麻佐良大連の子という。武烈朝にすでに大連とみえ,その死後男大迹王(のちの継体天皇)擁立を大伴金村,巨勢男人らと決定した。継体6(512)年にいわゆる任那4県を百済に割譲する際,麁鹿火は宣勅使に任じられて難波館(大阪市)の百済客に宣勅しようとしたが,妻の諫言によって病と称して辞任したという。また継体22年には筑紫国造磐井の乱を鎮圧するために,大将軍として自ら九州に行き磐井を斬ったとされる。安閑・宣化両朝でも大連となる。

(佐藤長門)

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世界大百科事典 第2版の解説

もののべのあらかび【物部麁鹿火】

?‐536(宣化1)
大和国家の大連(おおむらじ)。麤鹿火とも書く。物部麻佐良の子。武烈朝から大連となり,大伴金村らと継体天皇の擁立をはかり,以後,継体・安閑・宣化朝の大連。512年の大伴金村の任那四県割譲の際,難波での百済使への宣勅使に任じられたが病と称して辞任した。527年,筑紫国造磐井(いわい)が新羅遠征軍の行く手を阻んで軍を起こすと(磐井の乱),大伴金村の推挙により磐井征討の将となり,翌年筑紫御井で磐井を斬り,乱を鎮圧した。

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世界大百科事典内の物部麁鹿火の言及

【物部氏】より

… 物部氏の祖先伝承では,物部氏が大和朝廷の大連(おおむらじ)の職に初めて就いたのは垂仁天皇時代,饒速日命の7世の孫大新河命が大連となり物部連の姓を賜ったときのこととするが,事実は6世紀の初めに,越前出身の継体天皇の擁立にかかわってからであると考えられる。《日本書紀》継体天皇1年2月条によれば,継体天皇即位にさいして大伴金村とともに大連となったのは物部麁鹿火であった。麁鹿火の後をうけて大連に任ぜられた人に,麁鹿火とは系譜的にかなりかけ離れた荒山の子尾輿(おこし)がおり,彼は欽明天皇朝に大連に任じ,大臣(おおおみ)の蘇我稲目とともに朝廷で権力をふるった。…

※「物部麁鹿火」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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