日本歴史地名大系 「糟屋屯倉」の解説
糟屋屯倉
かすやのみやけ
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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《日本書紀》継体22年(528)12月条にみえるみやけ。それによると,527年,筑紫国造磐井(いわい)が反乱をおこしたが,大将軍物部麁鹿火(あらかび)によって528年11月に討伐された。その子の葛子が,父に連座して誅せられることをおそれて,死罪を贖うためにこのみやけを献上したという。贖罪のための献上というのは倭政権側の立場からの潤色の可能性が強く,現実には,磐井との戦いに勝利した倭政権が,残存勢力を押さえてみずからの支配を強化するために,筑紫君の支配領域内の東部地域に設定したものと考えるべきであろう。したがって,〈献上〉の時期を継体22年12月の時点と見る必要はないが,磐井の乱終息後これに近い時期のことであったと思われる。その所在地は筑前国糟屋郡内と考えられるが,その規模や郡内のいずこかは明らかでない。
→磐井の乱 →屯倉(みやけ)
執筆者:栄原 永遠男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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