陸雲僊伝(読み)りくうんせんでん

改訂新版 世界大百科事典 「陸雲僊伝」の意味・わかりやすい解説

陸雲僊伝 (りくうんせんでん)

ベトナムのグエン(阮)朝中期の盲目の愛国詩人グエン・ディン・チエウNguyen Dinh Chieu(阮廷炤。1822-88)が自己の前半生の体験をもとにしてチュノム字喃)で書いた長編叙事詩。1865年チョロンで出版された。母の死によって科挙の受験を果たさず亡母を慕って日夜泣いたため盲目となった試生のルク・バン・ティエン(陸雲僊)が,世の迫害に耐えて状元となり,かつてティエンに救われたキエウ・グエット・ガ(喬月娥)が貞節を守ってティエンと結ばれる話を伝統詩法の六八体による2080行で歌ったもの。主人公のティエンは儒教倫理の実践者として描かれ,物語は全体として勧善懲悪譚に構成されている。フランスの侵略が進行していた文化的崩壊期に伝統精神を鼓吹した,六八体長編詩の最終期に位置する作品で,南方方言で書かれているためとくに南部ベトナムで人気がある。グエン・ディン・チエウはザディン(嘉定。現,ホー・チ・ミン市)総鎮文翰司の書吏グエン・ディン・フイ(阮廷輝)の庶子で,1843年ザディンの郷試で秀才となり,49年己酉の科挙を受験するためにフエ(順化)に上ったが,実母死去の知らせを聞いて受験を断念服喪のために帰省した。途中眼病を患い視力を失ったが,のちザディンに漢学塾を開いて漢方を教え,代筆によって多くの韻文を残した。ほかの作品に《漁樵問答伝》などの六八体長編詩や,フランス軍の侵略に抵抗した南部6省の義軍の士卒を悼む数編の祭文および数多くの定型短詩がある。
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