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チュノム

3件 の用語解説(チュノムの意味・用語解説を検索)

百科事典マイペディアの解説

チュノム

ベトナム語表記のために漢字と併用された文字。字喃と書く。ベトナム語音に近い音をもつ漢字と,ベトナム語の意味に近い意味をもつ漢字の複合によってつくられた。13世紀から14世紀ごろには盛んに使用されたらしいが,その後は衰えて現在ではほとんど使われない。

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世界大百科事典 第2版の解説

チュノム【chũ’ nôm】

ベトナムの文字。喃と書く。文学作品も文書も漢文で書かれていたベトナムで,ベトナム語を書くためにつくられた。một(一)を〈没〉と書くように漢字の音を借りる(仮借(かしや))字もあるが,漢字で書かれる漢語との区別を明らかにするため,ba(三)を〈〉(巴+三)と書き,nǎm(五)を〈〉(南+五)と書く(なおnǎm(年)は〈〉と書き分けられる)ように漢字の合成(形声)によるものが多く,さらに漢字の意味による合成(会意(かいい))としてtrò’i(天)を〈〉とするような例もある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

チュノム
ちゅのむ /
chu nm

ベトナムの民族文字。ベトナム人は古くから漢字を公の文字とし、正式の文書を漢文で書いて民族語を俗語とみなし、民族語による書きことばをもたなかったが、やがて漢字から派生的に考案した国字である喃によって民族語の表記を可能にし、しだいに喃と漢字を混交した書記法が実用されるに至った。初めは地名などを記録するための便宜的な文字であったが、13世紀の民族意識勃興(ぼっこう)期に宮廷詩壇で漢詩の規矩(きく)に倣った国語詩がこの文字によって書かれ始め、その後19世紀まで俗字とみなされながら、漢詩文に対する民族語による文学作品や、村落社会の記録を書く唯一の手段であった。「蔑」で数詞の一を表すような漢字の仮借(かしゃ)のほか、独自の形声(けいせい)(「」=ひと)や、会意(かいい)(「」=そら)の文字などからなるが、異体字が多い文字体系としての欠陥と、漢字の知識がなければ運用できないことなどのために、19世紀末に始まった国語(クオックグー)とよばれるローマ字表記法の普及によって漢字とともにまったく用いられなくなった。[川本邦衛]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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世界大百科事典内のチュノムの言及

【ベトナム】より

… 1771年クイニョンに起こったグエン(阮)3兄弟によるタイソン党革命は,75年クアンナム朝を滅ぼし,次いで86年グエン・バン・フエ(阮文恵)はチン氏を倒し,レ帝を中国に逐い,さらに89年には清の干渉軍をハノイに大破した。タイソン・グエン朝下,ベトナムでは土地改革が行われ,チュノム(字喃)文学が栄えたといわれる。
[統一王朝グエン朝]
 18世紀以降,クアンナム朝のナムティエン(南進)政策によって,ハティエンなどの中国人王国が服属し,メコン・デルタはベトナム領となっていた。…

※「チュノム」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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