霊谷寺(読み)れいこくじ(英語表記)Líng gǔ sì

改訂新版 世界大百科事典 「霊谷寺」の意味・わかりやすい解説

霊谷寺 (れいこくじ)
Líng gǔ sì

中国,梁の武帝が禅僧宝誌追悼のために,514年(天監13)に創建した仏寺。〈りょうこくじ〉ともいう。江蘇省南京市東北の鐘山(しようざん)(蔣山,一名紫金山)にある。創建時には開善寺と称し,宋の太平興国5年(980)に太平興国寺の寺額を賜うなど,数度の改称を経て,明の1381年(洪武14)に孝陵造営のため,当寺を東方に移築し,霊谷寺と改称された。かつて鐘山に存した70寺中最も著名で,かつ故址はやや移っているものの,歴代修復を経て,当地に現存する唯一の寺である。五山十刹の第3に位置づけられる名刹である(五山・十刹・諸山(ござんじつせつしよざん))。
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世界の観光地名がわかる事典 「霊谷寺」の解説

れいこくじ【霊谷寺】

中国の江蘇(こうそ)省南京(ナンキン)にある寺院。◇そもそもは梁の武帝が建立し、「開善寺」と呼ばれていた寺院で、1381年に創建された。その後、鐘山南麓から寺と塔をこの地に移転し、名称も「霊谷寺」と改称。レンガをアーチ型に積み重ねる建築法で、梁を1本も使わずに建造されたため、「無梁殿」とも呼ばれる。敷地内には松風閣や霊谷搭があり、霊谷搭はこの寺院のシンボルでもある。

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世界大百科事典(旧版)内の霊谷寺の言及

【霊谷寺】より

…江蘇省南京市東北の鐘山(しようざん)(蔣山,一名紫金山)にある。創建時には開善寺と称し,宋の太平興国5年(980)に太平興国寺の寺額を賜うなど,数度の改称を経て,明の1381年(洪武14)に孝陵造営のため,当寺を東方に移築し,霊谷寺と改称された。かつて鐘山に存した70寺中最も著名で,かつ故址はやや移っているものの,歴代の修復を経て,当地に現存する唯一の寺である。…

【紫金山】より

…山域には名勝が多く,南京の重要な遊覧地となっている。古いものでは,南朝以来の歴史をもつ古刹霊谷寺,明の太祖の孝陵などが代表であり,最近のものとしては孫文の墓である中山陵,中国の天文研究において総合研究の代表機構をなす天文台などがある。【秋山 元秀】。…

※「霊谷寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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