オランダの政治家、法学者。アムステルダムに生まれる。父、祖父ともに著名な法律家であった。アテナイウム(現アムステルダム大学)に学び、1860年法学博士号を取得した。1862年アテナイウムの教授となり、民法、商法、国際法などを教えた。国家間の法的紛争は、国際会議によって解決するのが最良の方法であると考えたアセルは、国際私法会議を開催するようオランダ政府に働きかけ、それを実現させた。彼は、理論的研究のみならず、実際の国際紛争の場でも活躍したが、もっとも大きな業績は、1888年のスエズ運河中立化問題で、イギリス、フランスなどの列強国とともに小国の代表としてオランダ、スペインをスエズ運河委員会に選出することに成功したことである。そのほか、1899年と1907年のハーグ平和会議にオランダの代表を務め、常設国際仲裁裁判所の設立に力をつくした。1911年、オーストリアのフリートとともにノーベル平和賞を受賞した。
[編集部]
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...