mad ‘Arābī Pasha
mad ‘Arābī Pashaエジプトの軍人、民族主義者。下エジプト、デルタ地方の村落有力者の家系に生まれる。1854年入隊、1858年将校となる。1879年大佐に昇進するが、同年、それまでに組織したエジプト人将校の秘密結社を核に国民党(アル・ヒズブ・アル・ワタニー)を結成した。1876年以降の英仏によるエジプト財政の国際管理、英仏人大臣を含む内閣の組閣など、西欧列強の国内干渉が強まるなかで、「エジプト人のためのエジプト」を主張し、立憲君主政体を要求する近代エジプト最初の民族主義運動(1879~1882)の指導者として、1882年には軍事大臣にまでなった。同年、武力蜂起(ほうき)したが、イギリスの武力介入によって鎮圧され、以後エジプトはイギリスの単独支配下に置かれた。
[加藤 博]
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…エジプトの軍人。アラービー・パシャ‘Arābī Pashaとも呼ばれる。下エジプト地方シャルキーヤ県ハッリーヤ・ラズナ村の有力者の息子として生まれ,1854年入隊,58年将校となった。…
※「アラービーパシャ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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