日本大百科全書(ニッポニカ) 「イギリス・ヘーゲル学派」の意味・わかりやすい解説
イギリス・ヘーゲル学派
いぎりすへーげるがくは
19世紀後半から第一次世界大戦勃発(ぼっぱつ)までの約40~50年間に、イギリスにおいて支配的であった新ヘーゲル主義の運動。ヘーゲルとカントの結び付きを特色とし、観念論的形而上(けいじじょう)学体系の構築者としてのヘーゲルを称揚して、彼の弁証法や歴史主義的思考法に対しては関心を示すことが少ないという傾向をもつ。イギリス新ヘーゲル主義は絶対的観念論Absolute Idealismとよばれることもある。経験論や功利主義の伝統が強いイギリスにおいては、ヘーゲル哲学はドイツ思弁哲学の狂気を示す代表例としてみなされていたが、1865年にスターリングJ. H. Stirlingによる『ヘーゲルの秘密』The Secret of Hegelの出版を契機に、イギリスにおけるヘーゲルの影響力は決定的なものとなり、グリーンとケアードによって新ヘーゲル主義の基礎が確立された。
彼らは、カントの批判哲学を完成させるための鍵(かぎ)をヘーゲル哲学にみいだし、両者の連続性を強調した。グリーンは、自己を絶対精神に同化させることが善であるという自我実現self-realizationの説を説き、有限なる個別的人間のなかに顕現している無限なる絶対者の存在こそが人間を相互に存在論的に結び付けているとして、自我の社会性を主張し、カントの倫理学に具体性を付与しようと試みた。またケアードは、高次の総合による神性と人間性の調和を唱え、カントの理論を基盤としながらも、ヘーゲルを指針としてカントの超克を目ざした。彼らの主張はボーズンキット、ブラッドリー、マクタガートM. E. McTaggartなどの人々に影響を与え、新ヘーゲル主義の運動として展開した。
ブラッドリーは、ヘーゲルの人倫Sittlichkeitの概念を発展させることによってカントの倫理学をその形式的抽象性から救い、実在は絶対的超個人的経験the Absoluteであり、個別的事物は実在の仮象appearanceにすぎず、したがって「自己矛盾的」であるが、純粋感情として顕現することによって調和的でありうると考えた。
[宮下治子]