改訂新版 世界大百科事典 「イスパノモレスク陶器」の意味・わかりやすい解説
イスパノ・モレスク陶器 (イスパノモレスクとうき)
Hispano - Moresque ware
スペインの陶器。〈イスパニア・ムーア人の陶器〉の意。古くはスペインで焼かれたラスター彩陶器のみを指したが,今日では中世末期から近世末期にかけてこの国で焼かれた錫釉(しやくゆう)陶器全体を総称する。712年以降イベリア半島に住んだイスラム教徒は,この半島に錫釉のイスラム陶器を伝え,これが13世紀中ごろから南のアンダルシア地方のマラガ,コルドバ,セビリャ,少し遅れてグラナダあたりで模倣された。したがって初期のイスパノ・モレスク陶器の装飾や器形にはオリエントのレイ,カーシャーン,ニーシャープール,ラッカなどで製作された陶器と著しい類似が見られる。アラビア文字のクーフィー体を文様化した装飾のある,ラスター彩の〈アルハンブラの翼壺〉は,13~14世紀ごろの代表的作例である。15世紀に入ると,スペインにおける錫釉陶器の生産の中心は,半島東部バレンシア地方のマニセスやパテルナ,北部のカタルニャ地方に移行した。とくにマニセスは15世紀から16世紀にかけてイスパノ・モレスク陶器生産の最大の窯場となり,ラスター彩とコバルトの青によるブドウ葉装飾の大きなアルバレロ(筒型の水差し)やスペイン,イタリアの王家の紋章のある大皿など,優品の大多数がこの窯場で製作された。一方,マニセスのラスター彩に対して,パテルナでは主として白く化粧掛けした器に,緑・青・紫の顔料でゴシックの四葉文や十字文,葡萄唐草,聖獣,魚,西洋婦人などの色絵陶器を製作した。17世紀にはスペインではイタリア・ルネサンスの影響を受けて多彩色絵の,いわゆるスパニッシュ・マジョリカ陶器(マヨリカ)が盛んに製作されたが,なかでも首都マドリードの西にあるタラベラ・デラ・レイナ窯,エル・ブエンタ・デル・アルゾビス窯は緑・黄・赤を用い草花や小鳥や小動物を繊細な線と自由なタッチで描いた多彩色絵陶器の生産地として名声を博した。
執筆者:前田 正明
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報