改訂新版 世界大百科事典 「エプスタン」の意味・わかりやすい解説
エプスタン
Jean Epstein
生没年:1897-1953
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
… ドイツでは,いわゆる〈クルトゥールフィルムKulturfilm〉(〈文化映画〉と訳されて日本語に定着している)がつくられ,なかでもワルター・ルットマンの《伯林――大都会交響楽》(1927)や《世界のメロディ》(1929)は,ベルトフの〈映画眼〉理論の〈リズムのモンタージュ〉に影響された代表的な長編ドキュメンタリーである。 フランスのドキュメンタリーは,20年代に純粋な視覚的表現を意図した芸術運動である〈アバンギャルド映画〉と密接なかかわりをもっているが,アルベルト・カバルカンティの《時の外何物もなし》(1926)やジャン・エプスタンの《地の果て》(1929)などがつくられた。 オランダではヨリス・イベンスの《雨》(1929),スペインではルイス・ブニュエルの《糧なき土地》(1930),ベルギーではアンリ・ストルクの《無名兵士の物語》(1930)といった,今日〈名作〉として知られるドキュメンタリーがつくられている。…
… かつて世界の市場を支配したフランス映画が,第1次世界大戦を機にハリウッド映画に圧倒されていた当時,フランスのもっとも先駆的な映画人の1人であったルイ・デリュックLouis Delluc(1890‐1924)は,映画の本質を〈フォトジェニー〉ということばであらわし,《フォトジェニー》(1920)と題する著書も出した。〈フォトジェニー〉は定義しがたい〈魔法のことば〉といわれたが,デリュックを師と仰いだ監督・理論家のジャン・エプスタンは,《エトナ山上の映画論》(1926)のなかで,〈絵画にとっての色彩,あるいは彫刻にとってのボリューム,すなわちその芸術の固有の要素〉とフォトジェニーを定義し,また映画批評家・理論家レオン・ムーシナックLéon Moussinac(1890‐1964)は,フォトジェニーの本質を〈視覚的リズム〉と定義した。デリュックの脚本によるジェルメーヌ・デュラック監督の《スペインの祭》(1919),デリュック脚本・監督の《狂熱》(1921),アベル・ガンス監督の《鉄路の白薔薇》(1923)などがフォトジェニーの美学を実現した代表的な作品に数えられる。…
※「エプスタン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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