日本歴史地名大系 「おうせんどう廃寺」の解説 おうせんどう廃寺おうせんどうはいじ 京都市:伏見区深草村おうせんどう廃寺[現在地名]伏見区深草谷口町京都市伏見区深草谷口(ふかくさたにぐち)町にある奈良時代後期から平安時代中期に属すると推定される寺跡。この地は稲荷山の南、大亀谷(おおかめだに)の北にあたり、古く難波(なにわ)から淀(よど)川を上って伏見辺りで上陸し、この一帯を経て東国に向かう重要な交通路にあたっていた。深草に居住した秦氏は和銅四年(七一一)稲荷社を創祀したと伝え(二十二社註式)、また行基は天平三年(七三一)深草郷に法禅(ほうぜん)院を建立したと「行基年譜」は記す。さらに「日本霊異記」には行基にかかわる説話を載せて、行基が紀伊(きい)郡の深長寺に居住していたことを記している。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by