イエス・キリストの宣教の中心地で,ガリラヤ湖北岸にある町。シリアからヨルダン川を越えて地中海岸へ抜ける古い商業路の入口に当たっていた。また周辺のガウラニテス(現在のゴラン高原)からとれた豊富な穀物はローマに出荷されたが,それを規制する税関があり,ローマ軍が駐留していた。イエスが説教し,病人をいやしたシナゴーグはローマの百人隊長が寄進したもので(《マタイによる福音書》8:5~13,《ルカによる福音書》7:5),その跡に3世紀(または4~5世紀ごろ)に建てられた白色石灰岩製バシリカ式シナゴーグが発掘されている。そのすぐ近くから5世紀ごろ使徒ペテロの家の跡に建てられたと信じられている〈聖ペテロの家の教会〉の遺構(八角形聖堂)が発掘されている。
執筆者:関谷 定夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報