カリーム・ハーン・ザンド(その他表記)Karīm Khān Zand

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 の解説

カリーム・ハーン・ザンド
Karīm Khān Zand

[生]?
[没]1779
イラン,ザンド朝の創始者 (在位 1757~79) 。ルル族傍系のザンド族の長であったが,アフシャール朝ナーディル・シャー暗殺後の混乱のなかに頭角を現し,カージャール族,アフシャール朝,アフガン族に対抗。シーラーズ本拠として 1760年代にはホラーサーンを除く全イランを支配下に収めた。しかし,彼はサファビー朝の末裔王位につけ,みずからは終生執政 wakīlの称号を維持した。商業,工芸,農業の発展に努めると同時に,外国との交易を奨励して,ヨーロッパ諸国,特にイギリスとの経済関係を強化,また 76年にはオスマン帝国ペルシア湾における商業権を奪回すべくバスラを奪った。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

貨幣 (名目) 賃金額を消費者物価指数でデフレートしたもので,基準時に比較した賃金の購買力を計測するために用いられる。こうしたとらえ方は,名目賃金の上昇が物価の上昇によって実質的には減価させられている...

実質賃金の用語解説を読む