ロシアの聖者。キエフ大公ウラジーミル1世の12人の息子の一人。父からムーロム町を領土としてもらったが、父の死後、1015年キエフ(現、キーウ)を支配した異母兄スビャトポルクSviatopolk(980ころ―1019)に殺された。まだ少年で、刺客に対しても子羊のようにおとなしく、神の名をたたえながら突き刺されたという。その犠牲者としてのイメージが、キリストに倣う者としてロシア正教世界で人々の深い信仰の対象となり、兄ボリースとともに殉教者としてロシア正教会の最初の聖人となった。『ボリースとグレープの物語』は聖者伝あるいは公の伝として古代ロシア文学において重要である。
[山川令子 2018年2月16日]
『レーベヂェフ編、除村吉太郎訳『ロシヤ年代記』(1979・原書房)』▽『E. BenzRussische Heiligenlegenden (1953, Die Waage, Zürich)』▽『Adolf Stender-PetersenAnthology of Old Russian Literature (1954, Columbia Univ. Press, New York)』
中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...