コノン(その他表記)Conon

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「コノン」の意味・わかりやすい解説

コノン
Conon

[生]?
[没]687.9.21. ローマ
第83代教皇(在位 686~687)。トラキア人の軍人の息子と推測される。シチリア島で教育を受け,ローマで叙任された司祭であった。ヨハネス5世(在位 685~686)の後継者として教皇に選出され,686年10月に登位した。老齢で健康状態が悪く,登位の 11ヵ月後に死去。サン・ピエトロ大聖堂に葬られた。

コノン
Konōn

[生]前444頃
[没]前392. キプロス
古代ギリシア,アテネの海軍司令官。前 405年アイゴスポタモイの戦いに敗れてキプロスに逃れ,前 394年アケメネス朝のペルシア艦隊を率いてクニドスでスパルタを破った。翌年アテネにペルシアの援助で長城を再建。ペルシアが親スパルタに変じたため捕えられ,逃れたが死没。

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関連語 戦い

世界大百科事典(旧版)内のコノンの言及

【コリントス戦争】より

…これを機に前記4国の同盟を結成しスパルタにあたった。スパルタは翌年ネメアの会戦で勝利したものの,陸上での戦局は以後コリントス近辺で一進一退を続け,海上では前394年アテナイのコノンKonōnがクニドス沖の海戦でペロポネソス艦隊を破り,エーゲ海の制海権を掌握,アテナイは昔日の勢いを取り戻した。戦争はこのアテナイの動きに脅威を感じたペルシアの外交政策転換によって,アンタルキダス条約で終結したが,ペルシアの小アジア支配は認められた。…

※「コノン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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