大学事典 「コロニアル・カレッジ」の解説
コロニアル・カレッジ
1776年の独立宣言に先立ち北米のイギリス植民地に存在した九つのカレッジで,開学順に現在の呼称でハーヴァード(1638年),ウィリアム・アンド・メアリー(1694年),イェール(1702年),プリンストン(1747年),コロンビア(1754年),ペンシルヴェニア(1754年),ブラウン(1766年),ダートマス(1770年),ラトガース(1771年)を指す。1775年での9校の学生総数は721名で,植民地の白人男子の同年齢人口の1%に過ぎなかった。しかし9校は植民地時代,それぞれの内部で,またカレッジ間でキリスト教の教派間の対立,啓蒙期の科学と古典教養との調停,独立を巡る政治的な立場の相克といった深刻な諸問題を体験した。独立後は,国内のランドグラント・カレッジの出現やドイツの研究重視型大学台頭の挑戦を受けながら,不断に変革を遂げて存続し,その大半は今日,世界的にも優れた大学と評価されている。コロニアル・カレッジは,単に植民地時代の大学を超えて今日でも注目に値しよう。
著者: 立川明
出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報