コンスタンチヌス5世(読み)コンスタンチヌスごせい(その他表記)Constantinus V Copronymus

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「コンスタンチヌス5世」の意味・わかりやすい解説

コンスタンチヌス5世
コンスタンチヌスごせい
Constantinus V Copronymus

[生]718. コンスタンチノープル
[没]775.9.14.
ビザンチン皇帝 (在位 741~775) 。レオ3世の息子。2歳のとき副帝に指名され,正帝即位後はイスラム軍小アジアで破り勝利を収めた。しかしブルガリア軍には9回討伐軍を送ったものの勝利を得られず,自身も 775年の遠征途上ブルガリアで没。聖像破壊派で,公会議を開き,偶像崇敬禁止を強化 (754) して多くの修道士を迫害した。外交面ではイスラム,ブルガリアを巧みに牽制したが,西方への注意を怠り,ラベンナ総督領を失い (751) ,帝国に重大な影響を与えた。

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