ゴーモン(読み)ごーもん(英語表記)Gaumont

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ゴーモン」の意味・わかりやすい解説

ゴーモン
ごーもん
Gaumont

映画産業草創期に誕生したフランスの映画会社。レオン・ゴーモンLéon Gaumont(1864―1946)が光学・写真機器の会社を引き継いで1895年に設立した。映画機器の開発・販売に加えて1897年より映画製作を開始。秘書であったアリス・ギイAlice Guy-Blaché(1873―1968)を起用して劇映画を量産し、ギイは世界初の女性映画監督兼製作者となる。1907年ごろからは、ギイの後を受け製作総責任者兼芸術監督となってゴーモンを支えたルイ・フイヤードLouis Feuillade(1873―1925)、喜劇シリーズで人気を博したレオンス・ペレLéonce Perret(1880―1935)とジャン・デュランJean Durand(1882―1946)、アニメーション映画の先駆者エミール・コールEmile Cohl(1857―1938)などが活躍。とくにフイヤードの連続活劇ファントマ』(1913~1914)や『吸血ギャング団(ドラルー)』(1915~1916)は大成功をおさめた。1910年には世界最大の映画館ゴーモン・パラスをパリに建設、映画館網の整備を進め、パテ社とともに第一次世界大戦前の映画産業を牽引(けんいん)した。しかし第一次世界大戦以後映画産業の中心はしだいにアメリカに移っていく。大恐慌後の1930年にゴーモン社は合併によりゴーモン・フランコ・フィルム・オベール(GFFA)となるが、劇場網の拡張と映画の製作を続け、ジャン・ビゴJean Vigo(1905―1934)の『アタラント号』(1934)などを製作した。1938年にGFFAはソシエテ・ヌーベル・デ・エタブリスマン・ゴーモン(SNEG)となる。1975年には社名をゴーモンに変更。現在も映画の製作・配給興行を手がける有数の映画会社である。2001年からパテと共同で劇場網「ユーロパラス(レ・シネマ・ゴーモン・パテ)」をつくっている。

[伊津野知多]

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世界大百科事典(旧版)内のゴーモンの言及

【フランス映画】より

…しかし,リュミエールの《水をかけられた撒水夫》(1905)にはすでに最初の〈笑いを生み出すシチュエーションを演出した〉フィクション(=喜劇)の試みが見られ,またメリエスがステージのなかで再現した《ハバナ湾におけるメイン号の爆発》(1898),《ドレフュス事件》(1899)などにはセットによるみごとなリアリズムの表現があった。
[パテー映画時代とフィルム・ダール]
 1900年の初めには,シャルル・パテーのパテー映画社とレオン・ゴーモンのゴーモン社が台頭し,フランスの二大映画会社に発展する。とくにパテー映画社は1903年から09年まで〈パテー映画時代〉と呼ばれるほどの隆盛で,それはまずパテー映画社の製作総支配人であったフェルディナン・ゼッカFerdinand Zeccaが監督し,〈リアリズム映画の先駆〉となった《ある犯罪の物語》(1901)から始まり,メリエスを模倣した〈夢幻劇〉からアンドレ・デードAndré Deedの喜劇に至るまで数々の作品を量産,フランスのみならずヨーロッパの映画市場を独占した観があった。…

※「ゴーモン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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