ジャマール・ウッディーン・アルアフガーニー(その他表記)Jamāl al-Dīn al-Afgānī

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 の解説

ジャマール・ウッディーン・アルアフガーニー
Jamāl al-Dīn al-Afgānī

[生]1838. アサダーバード
[没]1897.3.9. イスタンブール
ペルシア人で汎イスラム主義の提唱者。ヨーロッパ勢力の進出に対抗するためには,イスラム諸国が自由主義的改革を行なって大同団結すべきであると説き,19世紀後半におけるイスラム諸国の解放,近代化運動に大きい影響を与えた。アフガニスタンで実際の政治に関与して以来,イスタンブール,カイロパリ,イラン諸都市で活躍し,多くの支持者を集めた。 1892年イスタンブールへおもむき,トルコアブドゥル・ハミト2世治下における汎イスラム主義の普及に努め,そこで病死した。

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