改訂新版 世界大百科事典 「ジャワ奉公会」の意味・わかりやすい解説
ジャワ奉公会 (ジャワほうこうかい)
第2次大戦中,日本軍は当時オランダ領であったインドネシアに侵攻し,オランダ植民地政権を一掃して3ヵ年半の間(1942年3月~45年8月)軍政をしいた。軍政の最大目的は戦争継続のための資源獲得にあったが,その円滑な遂行のため各種の宣撫工作によって住民を把握し,軍政協力に向けて動員することが必須であった。ジャワ奉公会はそのような工作の一環として1944年3月につくられた大衆組織で,日本国内の大政翼賛会や満州国の協和会を模したものである。スカルノを総裁にいただき,下は村落レベルに至るまで広範なネットワークを築いたこの団体は,軍当局が住民を統制し,かつ動員するためのパイプとして重要な役割を果たした。しかし同時に,奉公会などの大衆組織が,一定の枠内ではあるが,住民に政治参加の機会を与え,結果的に民族的連帯感を高めるのに役立ったということも,インドネシア民族の側の内的要素として重要である。
このような意味で,日本軍政期はしばしば,インドネシアの独立に向けての準備期であったといわれる。それは第1に,日本軍がオランダ支配を倒し,その3年半後に自らも敗戦によって崩壊したことによって,結果的にインドネシアを外国支配の軛(くびき)から解放したこと,第2に,ペタ(祖国防衛義勇軍)設立,統一言語の普及などによって独立国家に向けての制度的準備にも役立ったことなどによる。
執筆者:倉沢 愛子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報