…その間ビオラ奏者やオルガン奏者をして食いつないでいたが,75年から5年間連続して当時の宗主国オーストリアの政府が若い芸術家に出していた奨学金を得,作曲に専念できるようになった。また,その選考委員をしていたブラームスの紹介でベルリンの音楽出版社ジムロックから出した管弦楽のための《スラブ舞曲》第1集(1878)が大好評を博し,国際的にも認められた。40代半ばから50歳ごろにかけて作曲家としての最盛期を迎え,《スラブ舞曲》第2集(1887),《ピアノ五重奏曲イ長調》(1887),《交響曲第8番》(1889),ピアノ三重奏曲《ドゥムキー》(1891)などが次々と生まれた。…
※「スラブ舞曲」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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