改訂新版 世界大百科事典 の解説
ソビエト・モンゴル友好協定 (ソビエトモンゴルゆうこうきょうてい)
1921年11月,モスクワでソビエト・ロシア政府とモンゴル人民政府間に結ばれた協定。しばしば誤まって条約といわれる。21年7月ソビエトの援助のもとモンゴル革命が成功すると,モンゴル代表団はソビエトへ赴き,旧来のロシア・モンゴル(自治政府)間の不平等取決めを破棄するとともに,相互を唯一の合法政権として承認した平等な国家間協定を締結した。また協定では相手国の打倒をめざすいっさいの行動が国内でおこなわれることを禁止し,これによりソビエトはモンゴルに対する自己の立場を法的に確立した。だがソビエトは24年,中国に対してモンゴルへの主権を認めたので,論理的矛盾をきたすこととなった。このソビエト外交におけるモンゴルの矛盾した位置は,第2次大戦後中国がモンゴルの独立を認めるまで続く。
執筆者:中見 立夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報