ソビエト(その他表記)Sovet

デジタル大辞泉 「ソビエト」の意味・読み・例文・類語

ソビエト(〈ロシア〉Sovet)

評議会会議の意》ソ連の政治的基礎であった組織。選挙された代議員によって構成される代表会議で、1905年、ペテルブルクの労働者が組織したのに始まる。1917年の二月革命後は労働者・兵士代表ソビエトとして革命の指導的機関となり、ソ連成立とともに農民代表ソビエトを加え、正式の権力機関となった。村や市から州・地方・各共和国の各段階に設けられ、頂点に全連邦の最高会議があった。
ソビエト社会主義共和国連邦」の略。
[補説]「蘇維埃」とも書く。

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精選版 日本国語大辞典 「ソビエト」の意味・読み・例文・類語

ソビエト

  1. [ 1 ] 〘 名詞 〙 ( [ロシア語] sovjet ) ソ連の政治的基礎であった組織。評議会または勤労者代表者会議の意。ソビエト連邦の各地区ごとに地区ソビエトが設けられ、各共和国には共和国ソビエト最高会議、全ソ連邦には全ソ連邦ソビエト最高会議があった。中国にも、一九三一年に中華ソビエト共和国臨時政府が瑞金に樹立された。
  2. [ 2 ]ソビエトしゃかいしゅぎきょうわこくれんぽう(━社会主義共和国連邦)」の略称。

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改訂新版 世界大百科事典 「ソビエト」の意味・わかりやすい解説

ソビエト
Sovet

ひろく助言,会議,和合などを意味するロシア語であるが,旧ソ連邦では各級の権力機関をいい,また国名にも用いられていた。このような意味でのソビエトの歴史は1905年の革命にさかのぼる。この時期にはイワノボボズネセンスク(現,イワノボ)をはじめ,多くの地域にソビエトが出現したが,なかでも重要なのはペテルブルグ・ソビエトであった。これはストライキ指導のために各工場の労働者代表からなるストライキ委員会として発足したもので,ストが巨大なものとなり(10月スト),社会生活に重大な影響を及ぼすようになって,一定の政治的・行政的機能をもつ恒常的組織,ソビエトに変質していった。労働者代表は,工場の集会で労働者数に比例して選出され,その代表が集まってソビエトを構成し,そこでの決定を職場にもちかえった。この労働者とソビエトのつながりの緊密性が労働者の間におけるソビエトの力と権威の源泉であった。つづいてロシア各地に多くのソビエトがペテルブルグの例にならってつくられ,革命の推進に大きな役割を果たしたが,05年には革命勢力はまだ弱体で,やがて政府によってこれらソビエトはつぶされていった。

 17年,ペトログラードに二月革命が起こったとき,ただちに1905年の例にならってソビエトがつくられた。05年とちがって,兵士が革命勢力側についた17年には兵士のソビエトもつくられた。3~4月には全国各地に労働者,兵士,農民のソビエトがつくられ,6月に開かれた全ロシア・ソビエト大会はこれらソビエトを結集する組織であった。十月革命で臨時政府が倒され,権力のソビエトへの移行が実現した。このことは,18年1月の第3回全ロシア・ソビエト大会で〈ロシアは,労働者,兵士,農民ソビエトの共和国である。中央および地方の全権力はこれらソビエトに属する〉とする決議にも表明されている。しかし,現実には当時のロシアは危機的な状況にあり,中央集権的で強力なボリシェビキが諸ソビエト内につくられた党組織を通じてソビエトの活動を指導していった。

 旧ソ連邦には学校や保健など身近な問題を扱う村ソビエトから全体の問題を扱う共和国ソビエト,連邦ソビエトまで各段階のソビエトがあった。ソ連邦ソビエトは最高ソビエト(最高会議とも訳される)として,ペレストロイカによる変革までは国家権力の最高機関だったが,1988年の憲法改正により新設の人民代議員大会が最高権力機関となり,最高ソビエトは立法や法解釈,予算などを審議して人民代議員大会に提出するなどの権限をもつ機関となった。最高ソビエトは民族会議と連邦会議の2院から構成され,その議員は人民代議員大会から選出された。

 ソビエトは,その出発当初は,しばしばリコールが行われるなど民意をよく反映しうる組織体であったが,しだいにその選挙は空洞化し,共産党もしくはそれに近い団体の指名する単一の候補者があらかじめ決められていて,市民はその候補者へ信任投票を行うことが永年行われていた。1988年の憲法改正によってソビエトの選挙に複数候補制が導入された。ソ連邦崩壊(1991年12月)後も,ロシア連邦では1993年秋まで前記の最高ソビエトが存続したが,同年12月には新憲法にもとづき,新たな議会として連邦議会が発足した。これは二院制で,上院にあたる連邦会議と下院にあたる国家会議(国家ドゥーマ)からなる。
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百科事典マイペディア 「ソビエト」の意味・わかりやすい解説

ソビエト

ロシア語で会議の意。レーニンは,勤労者大衆を基盤とするソビエトは革命遂行の中枢機関であるとともにプロレタリアート独裁の権力機関であり,ソビエト体制による国家体制を最善のものとした。一般にはソ連における権力機関をいう。連邦最高会議から村の勤労者代表ソビエトまであり,いずれも選挙された人民の代表で構成される。歴史的にはロシア革命期の1905年,ペテルブルグ工場労働者の組織したものが初め。1917年の二月革命では労兵ソビエトが軍事力を握って革命を推進,二重政権の中核となり,十月革命後は全権力を掌握した。中国でも1927年初めて広東省に海陸豊ソビエト政権が樹立された。
→関連項目イワノボ戦時共産主義ソビエト連邦

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ソビエト」の意味・わかりやすい解説

ソビエト
sovet

元来はロシア語で「会議」「評議会」の意味であったが,ロシア革命の進行とともにプロレタリア独裁の権力機関,およびその権力形態をさすようになった。 1905年革命のときプロレタリアートの闘争機関として,イバノボ=ボズネセンスクのストライキを指導した労働者代表ソビエトに起源をもち,初めは単なるストライキ委員会として機能していたが,やがてメンシェビキはブルジョア議会に対抗する労働者議会として,ボルシェビキはプロレタリアートを中心に兵士および農民との統一戦線を結成する機関,武装蜂起の成功後は権力を奪取する革命政府の母体として位置づけた。 17年の二月革命で帝政が倒れたのち,ソビエトは臨時政府と共存する「二重権力」状況をつくりだした。しかし,9月なかば以降ボルシェビキがペトログラード (ペテルブルグ) とモスクワのソビエトを支配してからは,革命的権力機関としてのソビエトが前面に現れ,十月革命によって「すべての権力をソビエトへ」が実現した。ここでブルジョア国家機関のあらゆる残滓が払拭され,労兵ソビエトを基盤に最高権力をソビエト大会におく国家形態としてのソビエト共和国が誕生した。

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デジタル大辞泉プラス 「ソビエト」の解説

ソビエト

和歌山県西牟婁郡、沖ノ黒島の南西に隣接する岩礁。「ソビエット」ともいう。名称の由来は定かではなく、「島や岩がそびえたつように見えることから」などの説がある。2009年に政府の総合海洋政策本部が策定した「海洋管理のための離島の保全・管理のあり方に関する基本方針」に基づき、名称付与された離島のひとつ。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ソビエト」の意味・わかりやすい解説

ソビエト
そびえと

ソビエト制

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世界大百科事典(旧版)内のソビエトの言及

【ロシア連邦】より

…正式名称=ロシア連邦Rossiiskaya Federatsiya∥Russian Federation面積=1707万5400km2人口(1996)=1億4798万人首都=モスクワMoskva(日本との時差=-6時間)主要言語=ロシア語通貨=ルーブルRubl'ロシア連邦は,ソビエト連邦の一部だった〈ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国〉の後身である。〈ロシア連邦〉への改称は1991年12月に決定され,92年4月の憲法改正で確認された。…

※「ソビエト」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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