スロベニア中東部の都市。人口4万(1995)。リュブリャナとマリボルの中間,サビニャ河畔にある。町の起源はローマ時代のケレイアCeleiaにさかのぼり,7世紀ごろスロベニア人が移住した。中世はドイツ人出自のツェリェ伯が婚姻でポーランド,ハンガリー,ボスニア,セルビアとも結ばれ,中欧で大きな影響力をもち,14~15世紀はその最盛期であった。しかしハプスブルク家と確執を生じ,1456年から同家の所領となった。1846年の鉄道開通後,おおいに発展し,1918年スロベニアに復帰した。ツェリェ盆地の経済・文化の中心地で,非鉄金属,ホウロウ引き,計器類の工場や,教会,劇場,博物館,伯爵の居城,美しい公園などがある。
執筆者:田中 一生
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...