ドゥッラーニー朝(その他表記)Durrānī

山川 世界史小辞典 改訂新版 「ドゥッラーニー朝」の解説

ドゥッラーニー朝(ドゥッラーニーちょう)
Durrānī

1747~1818,1839~42

前近代末期のアフガニスタンの王朝。イランのナーディル・シャー暗殺に乗じて,配下のアフマド・シャー・アブダーリー(在位1747~73)がカンダハールで建国。彼はアフガニスタン統一とともにインド遠征を繰り返し,61年にはパーニーパットの戦いでマラーター軍を破った。その子ティムール・シャー(在位1773~93)は75年カーブルに遷都した。彼の死後内紛が続き,バーラクザーイー朝に代わられた。第1次アフガン戦争で復活したが,1842年完全に滅亡した。

出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報

世界大百科事典(旧版)内のドゥッラーニー朝の言及

【アフガニスタン】より

…彼の指揮下にあったアフガン兵たちは故郷カンダハールに帰り,翌月,アフガン部隊の指揮官であったアブダリー(のちドゥッラーニーDurrānīと改称)系のサドーザイ家のアフマド・シャー・ドゥッラーニーを擁立して,部族連合を結成した。これがアフガニスタンの建国(ドゥッラーニー朝)である。彼はインドやイランに遠征して戦利品を獲得することによって自らの支配権を維持した。…

【アフマド・シャー・ドゥッラーニー】より

…アフガニスタンのドゥッラーニー朝(1747‐1842)の始祖。在位1747‐72年。…

※「ドゥッラーニー朝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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