なさけ

改訂新版 世界大百科事典 「なさけ」の意味・わかりやすい解説

なさけ

他にはたらきかけるあわれみ,思いやりなど,人間としてのあたたかい心づかいをいう。もとは,他人に見えるようなかたちを伴う心づかいをいったので,親子,兄弟,夫婦などの間については用いられなかった。のち,人間らしい思いやりから転じて,みやび,情趣,風流などを理解する洗練された心をいうようになり,さらに風情趣向などをさすことばとして用いられた。また中世以降,男女が惹かれあう心,恋心をいったり,情事や好色の心をさすことばにもなった。なさけは,人と人との間の心づかいであるから,〈世は情け〉〈情けは人の為ならず〉というように,日本人の処世観,庶民道徳の中で重要なことばの一つであった。それは,絶対的な仏の慈悲に対して,〈慈悲は上から情けは下から〉というように世間のことであり,〈人は情けの下に住む〉と説かれ,〈今の情けは後の仇〉〈情けも過ぐれば仇となる〉と考えられた。また〈恥を思わば命を捨てよ,情けを思わば恥を捨てよ〉というように,公的な道徳に対して私的な立場の拠りどころでもあった。しかし,〈武士の情け〉という用法が示すように,近世社会ではともすればなさけは自分より弱い立場の者に対して施す恩恵と考えられ,弱い立場の者は,ひたすら〈お情け〉を乞うことでしか自分の立場を主張し得なかったので,近代社会においては,人間関係における思いやりをあらわすことばとしては,しだいに用いられなくなった。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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