ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ヌジョマ」の意味・わかりやすい解説
ヌジョマ
Nujoma, Sam
[没]2025.2.8. ナミビア,ウィントフーク
サム・ヌジョマ。ナミビア(旧南西アフリカ)の政治家,解放運動指導者。本名 Samuel Shafiihuma Nujoma。南西アフリカ人民機構 SWAPOの指導者で,ナミビア独立後の初代大統領(在任 1990~2005)を務めた。
オワンボ(オバンボランド。オバンボ族の居住区)地域にあるオンガンジェラの農民の家に生まれ,幼少期にはすでに家のウシやヤギの世話をしていた。夜間学校で初等教育を受け,16歳で列車の食堂車の給仕となる。仕事で重傷を負った同僚が補償もなく解雇されたことをきっかけに労働組合の結成を試みたが解雇され,その後事務員や店員として働く。
1959年,SWAPOの前身となるオバンボランド人民機構 OPOの創立者の一人となり,南アフリカ共和国(南ア)政府が強制する人種隔離政策アパルトヘイトへの抵抗運動を組織する。1960年に亡命を余儀なくされ,同年 4月19日に SWAPOが結成されると,議長に選出された。国際連合を通じ,南西アフリカの支配権を放棄するよう南アに要請したにもかかわらず拒否されたことから,1966年に武装闘争を開始。SWAPOのゲリラ部隊であるナミビア人民解放軍 PLANの活動を指揮し,国際的な注目を集めた。1973年,国連総会は SWAPOをナミビア国民の唯一の正当な代表として承認,1978年には国連安全保障理事会が安保理決議435号を採択し,ナミビア独立の条件を定め,1988年ついに南ア政府はこれを受け入れた。
30年近くにわたる亡命生活を終え,1989年9月に帰国。国連監視のもとで行なわれた議会選挙で SWAPOは勝利し,独立の日となった 1990年3月21日に初代大統領に就任した。マルクス主義者であると非難されることもあったが,ヌジョマ自身はスカンジナビア諸国のような社会民主主義にひかれていると明言。1994年の大統領選挙で再選を決め,1998年には SWAPOが多数派の議会で憲法改正案が成立,大統領の三選が可能となったことで国内外から批判を浴びた。1999年に三選。その後,4期目の出馬を断念し,2005年3月に退任。SWAPOの重鎮ヒフィケプニェ・ポハンバへの平和的な政権委譲を実現させた。同年,ナミビアの議会により「建国の父」の称号を授与された。2007年 SWAPO党首を退任。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

