改訂新版 世界大百科事典 「ハッジムハンマド」の意味・わかりやすい解説
ハッジ・ムハンマド
Hajji Muhammad
イラク南部,ウルクの南西約13kmのユーフラテス川支流セビル川の河床にある先史時代遺跡。ドイツのウルク・ワルカ調査隊が1937-38,38-39年の冬に試掘を行い,それまで南メソポタミアで知られていなかった型式の彩文土器を発見した。淡黄色の胎土に幾何学文を暗紫色の彩色で厚く広く施したもので,ハラフやアルパチヤの彩文土器との類似が注意されたが,メソポタミア南部における編年上の位置づけが確定したのは,47-49年のエリドゥにおける発掘の結果である。ウルク期から時代をさかのぼってウバイドⅡ期-ウバイドⅠ期-ハッジ・ムハンマド期-エリドゥ期と呼ばれたが,現在ではこの4期をウバイド期と認識して,ハッジ・ムハンマド期をウバイド2期とするのが一般的である(ウバイド文化)。ただし古い呼称を踏襲し,ハッジ・ムハンマド文化はイラン西部のハジネーKhazineh文化と強い関連をもっているとする考え方もある。炭素14法による年代では前5千年紀前半である。
執筆者:小野山 節
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報