パニッカル(読み)ぱにっかる(その他表記)Kāvalam Mādhav Panikkar

日本大百科全書(ニッポニカ) 「パニッカル」の意味・わかりやすい解説

パニッカル
ぱにっかる
Kāvalam Mādhav Panikkar
(1895―1963)

インド外交官、歴史家。1914~1918年ロンドン大学で学び、帰国後アリーガル、カルカッタ両大学で教鞭(きょうべん)をとる。1924年『ヒンドスタン・タイムズ』の発刊にかかわり、編集長。1926~1927年ロンドンに滞在し、ジャーナリストとして活動する一方、インド史研究に取り組む。1928年帰国後、カシミールビカネールなどの藩王国首相や外相を歴任。インド独立後はネルーに請われて外交官として活躍。1947年国連インド代表団員、翌1948年、革命前の在中国・インド大使となり、革命後も大使を務める。1952~1953年エジプト、1956~1959年フランスで大使を歴任。その後教育、研究に専念、マイソール大学長も務める。

[内藤雅雄]

『K・M・パニッカル著、左久梓訳『西洋の支配とアジア』(2000・藤原書店)』

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関連語 アジア 西洋 支配

367日誕生日大事典 「パニッカル」の解説

パニッカル

生年月日:1895年6月3日
インドの外交官
1963年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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