藩王国(読み)はんおうこく

旺文社世界史事典 三訂版「藩王国」の解説

藩王国
はんおうこく

イギリス統治下のインド帝国各地に散在した半独立王侯領地土侯国ともいう
1920年代で大小合わせて563あり,面積では全インドの45%,人口では24%を占めた。イギリスと個々に従属関係を結び,保護国として自治を認められた。1947年の独立後はインド連邦またはパキスタンに併合された。カシミール藩王国統合は両国紛争の原因となった。

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百科事典マイペディア「藩王国」の解説

藩王国【はんおうこく】

英国統治下インドの半独立の王侯領。インド大反乱以後は,統治に協力したとして存続が認められた。国数は大小500〜600,面積は全体の3分の1を占めた。個別に英政府と条約を結び,限定された内政権のみ認められた。英政府は藩王国の封建的・反動的な性格を民族運動抑圧に利用した。

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世界大百科事典 第2版「藩王国」の解説

はんおうこく【藩王国】

独立前の植民地インドでイギリスの宗主権下に存続を認められた半独立的王侯の領地。統治機構上,イギリス議会が管轄する英領インドと区別された。総督ダルフージーDalhousieの時期(1848‐56)には旧封建支配層の領土は英領に吸収する策をとるが,1857‐59年のセポイ反乱(インド大反乱)を機にインド内のイギリス統治の忠実な友としてその存続がはかられる。1927年のインド藩王国委員会報告ではその数562,面積は当時のインド全体の45%,人口で24%を占めた。

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デジタル大辞泉「藩王国」の解説

はんおう‐こく〔ハンワウ‐〕【藩王国】

インド帝国で、英国に従属しつつ一定の自治・主権を認められた土着の封建領国。18世紀、ムガル帝国衰退期に勃興した地方領主が起源で、大小565か国が存在した。1947年、インドパキスタンの分離独立の際に多くがいずれかに併合され、ミャンマーの藩王国も社会主義体制下で滅ぼされた。土侯国。

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世界大百科事典内の藩王国の言及

【インド[国]】より

…独立とともにインドはただちに二つの重要な問題に直面した。ひとつは藩王国の処理であり,他は分割にともなう混乱の解決である。 藩王国とはインドの国内に存在していた約500の大小さまざまの君主国で,イギリスの一種の保護国であり,その内部では藩王による専制的な体制が維持されていた。…

※「藩王国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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