日本大百科全書(ニッポニカ) 「ビルラ財閥」の意味・わかりやすい解説
ビルラ財閥
びるらざいばつ
インドの砂漠地帯のマルワール地方出身(マルワリー)の有力財閥。他のマルワリー商人と同様、ビルラ家も長らく商業に従事してきたが、財閥創設者のG・D・ビルラ(1894―1983)は、第一次世界大戦中に蓄財した富を元手に綿紡績(1916)やジュート工業に進出した。その後も糖業、製紙、繊維機械などへと事業を拡大し、1942年にはインド初の自動車会社(ヒンドゥスタン・モーターズ)をも設立した。彼はマハトマ・ガンディーの活動を財政的に支援したことで知られるが(ガンディーはビルラ邸で暗殺された)、独立後も政府の重点政策を先取りするかたちでレーヨンやアルミ精錬などへの多角化を矢つぎばやに進め、タタ財閥とともにインド経済に君臨した。しかしながら、G・D・ビルラの引退後に財閥は六つのグループに分裂した。そのうち最大のものは、創設者のひ孫のクマール・マンガラム・ビルラ(1967― )率いるアディティア・ビルラ・グループである。その中核企業のヒンダルコ(アルミ精錬など)は、最近アメリカのノベリスほかを買収して世界の最大手となった。また、グラシム(セメント、レーヨンなど)も世界的企業となり、ほかにアパレル、携帯電話、小売(スーパー)などの系列企業も存在感を高めている。ちなみに、CKビルラ・グループの中核企業であるヒンドゥスタン・モーターズは、日本の三菱自動車との強い連携のもとに事業を展開している。
[三上敦史]
『加藤長雄著『インドの財閥――ビルラ財閥を中心として』(1962・アジア経済研究所)』▽『NHK取材班著『NHKスペシャル 知られざるアジアの帝王たち』(1990・潮出版社)』▽『三上敦史著『インド財閥経営史研究』(1993・同文舘出版)』▽『伊藤正二・絵所秀紀著『立ち上がるインド経済』(1995・日本経済新聞社)』▽『財団法人アジアクラブ編『インドの財閥と有力企業グループ』(1997・国際経済交流財団)』▽『ジェトロ海外調査部編『インド企業のグローバル戦略』(2008・ジェトロ)』▽『絵所秀紀著『離陸したインド経済』(2008・ミネルヴァ書房)』