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財閥 ざいばつ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

財閥
ざいばつ

第2次世界大戦終結までの日本における同族支配によるコンツェルン型の巨大な独占企業集団。アメリカ合衆国モルガン財閥,中国の浙江財閥などというような使用法もあるが,今日では世界的にも財閥といえば日本の財閥をさすことばとなった。

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デジタル大辞泉の解説

ざい‐ばつ【財閥】

第二次大戦前の日本で、コンツェルンの形態をとり、同族の閉鎖的な所有・支配のもとに、持株会社を中核として多角的経営を行っていた独占的巨大企業集団。三井・三菱・住友・安田など。
金持ちのこと。「別荘があるなんて、君のところは財閥だね」

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百科事典マイペディアの解説

財閥【ざいばつ】

本社を中核に,持株,融資,重役派遣などによって多数の子会社群を支配する独占企業集団で,コンツェルンの一形態。世界的には米国のモルガン財閥,中国の四大家族インドターター財閥その他多くの財閥がある。

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世界大百科事典 第2版の解説

ざいばつ【財閥】

広義には,家産を基礎とし,同族支配に特徴づけられた企業集団を指すことばで,ロックフェラー財閥クルップターター財閥モルガン財閥クーン=ローブ財閥,ロスチャイルド財閥(ロスチャイルド家),浙江財閥などと使われるが,狭義には,第2次世界大戦前の日本におけるファミリー・コンツェルンfamily Konzernを指す用語である。大は三井財閥三菱財閥住友財閥の三大総合財閥から,安田財閥川崎財閥などの金融財閥,浅野財閥大倉財閥古河財閥などの産業財閥,小は数十に及ぶ地方財閥が存在したが,家族ないし同族の出資による持株会社を統轄機関として頂点にもち,それが子会社,孫会社をピラミッド型に持株支配するコンツェルンを形成していた点に共通点がある。

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大辞林 第三版の解説

ざいばつ【財閥】

第二次大戦前の日本において発達をとげた経営形態で,一族・一門の家族的関係のもとに閉鎖的に結合した資本家の多角的経営体。三井・三菱・住友など。大資本家の一族。コンツェルン。
金持ち。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

財閥
ざいばつ

財閥は学閥、藩閥などと同様に明治時代に造成されたジャーナリズム用語で、当初、出身地を同じくする財界人グループの共同的事業活動をさすことばとして使用されたが、その後、時代を経るにつれて、三井、岩崎(三菱(みつびし))、住友などの大富豪、あるいは彼らの支配下で営まれる事業体を、財閥とよぶようになった。そして、さらに第二次世界大戦後は、「特定の家族あるいは同族の封鎖的な所有・支配体制の下で展開された多角的事業経営体」と理解されるようになり、今日では学術用語としても定着してきている。[宇田川勝]

財閥の種類

財閥は、その発展期、業態、活動範囲などによって、次のように分類することができる。
〔1〕発展期による分類
(1)その起源を江戸時代・明治初期に求めることができ、明治年間を通じて経営基盤を確立した既成財閥ないし旧財閥とよばれるグループ――三井、三菱、住友、安田、古河(ふるかわ)、浅野、川崎(八右衛門(はちえもん))、藤田など。
(2)明治中ごろに出発し、大正時代、とくに第一次世界大戦期の大戦景気のなかで急膨張を遂げた「大正財閥」とよばれるグループ――鈴木、久原(くはら)、川崎(正蔵)=松方、渋沢、岩井、野村、村井など。
(3)明治末年・大正時代にスタートし、満州事変前後から日中戦争期にかけて台頭した新興財閥あるいは新興コンツェルンとよばれるグループ――日産、日窒(にっちつ)、森、日曹(にっそう)、理研など。
〔2〕業態による分類
(1)総合財閥。金融、商事、海運、各種製造事業分野にわたって事業経営を展開していたもの――三井、三菱、住友。
(2)金融財閥。主として銀行、信託、保険などの金融分野に事業経営を集中したもの――安田、川崎(八右衛門)、野村など。
(3)産業財閥。製造業分野を中心に多角的事業経営を展開したもの――浅野、古河、大倉、新興財閥グループなど。
〔3〕活動範囲による分類
(1)中央財閥。本社が東京、大阪といった大都市にあり、かつ事業活動を全国的範囲で展開していたもの――既成財閥、「大正財閥」、新興財閥グループ。
(2)地方財閥。特定地域の地場産業を中心に多角的経営を追求したもの――福岡県の安川=松本、貝島、麻生(あそう)(炭鉱業)、千葉県の茂木(もぎ)(醸造業)、新潟県の中野(石油業)など。[宇田川勝]

財閥の特質

このようにひと口に財閥といっても、その発展過程・形態はバラエティーに富んでいたが、そこには共通する側面もまたあった。第一に、いずれも多角化志向が旺盛(おうせい)で、その傘下事業はそれぞれの産業部門、あるいは特定地域において支配的地位を占めていた。第二に、発展過程に相応して、傘下事業を順次、株式会社に改組し、それら会社の株式を、財閥家族が排他的に出資する本社が所有するコンツェルン管理を採用していった。第三に、財閥家族の資産は共有資産として集中・管理されており、家族の恣意(しい)的行動は抑制されていた。第四に、専門経営者が事業経営の実権を握っている場合が多く、彼らは一般に財閥の富を近代的ビジネス分野に投下し、それらを育成・強化すべきであるという意識をもって経営にあたっていた。ただし、新興財閥の場合は、創業者が陣頭指揮をしており、事業経営の封鎖的支配も希薄であった。[宇田川勝]

財閥の出現条件とその役割

財閥はけっして日本特有の企業形態ではなかった。私有財産制度が確立しており、しかも富豪が特定事業の経営に満足することなく、その資産を多角的事業分野へ投下する意欲をもつ場合は、どこの国でも財閥は誕生した。とくに工業化の初期段階において、経営資源が限定され、一方、展開すべき事業分野が広範に存在する場合には、財閥あるいはそれに類似する企業集団が出現しやすかった。
 明治維新後、後発国として工業化をスタートさせた日本においてもその例外ではなく、前記のような多数の財閥がさまざまな形態をとりながら群生した。ただ、日本の財閥は諸外国のそれに比べて、多角化志向が旺盛で、異種多彩な事業を経営する企業集団の形成を目ざす傾向が強かった。日本が西欧諸国に遅れて工業化を開始したという事情に加えて、近代的ビジネスを早期に育成・確立したいという意識を強くもつ専門経営者が財閥のトップ・マネジメントの中枢を占め、財閥家族を説得しつつ、彼らの富を近代的事業分野へ次々に投下していったからである。そして、そうした企業行動を通じて、財閥は、明治維新後の国家目標であった工業化と経済発展の有力な担い手となり、その面で大きな役割を果たした。
 しかし、そうした財閥の役割も第一次世界大戦後の産業構造の高度化のなかでしだいに後退し始める。財閥固有のシステムたる家族の封鎖的持株支配体制に固執する限り、巨額の投資資金を要する重化学工業経営に財閥は十分に対応することができず、それに伴い財閥の企業行動も保守的色彩を強めていったからである。さらに昭和初年の相次ぐ恐慌のなかで財閥の富の集中に対する社会的批判が高まり、1932年(昭和7)3月には最大財閥・三井合名の理事長団琢磨(だんたくま)が右翼の手によって暗殺されるという事態を招いてしまった。それゆえ、財閥、とくに三井、三菱、住友の三大財閥は、社会的批判を回避するため、「財閥の転向」という形で、傘下企業の株式を公開し始め、さらに戦時体制の進展に伴う重税負担・重化学工業進出要請にこたえるため、本社の株式会社化とその一部株式公開などの処置をとらなければならなかった。
 このように、工業化の初期過程で大きな役割を果たした財閥も、産業構造の高度化とともにその積極的存在意義を減じていき、第二次世界大戦後、財閥は連合国最高司令部(GHQ)から軍国主義と封建主義の経済的支柱とみなされ、解体された。[宇田川勝]
『持株会社整理委員会編・刊『日本財閥とその解体』上下(1951) ▽森川英正著『財閥の経営史的研究』(1980・東洋経済新報社)』

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世界大百科事典内の財閥の言及

【コンツェルン】より

…アメリカでは,すでに19世紀初頭にコンツェルンが形成されていたが,一般化したのはやはり第1次大戦後である。モルガン(モルガン財閥)やロックフェラー・グループ(ロックフェラー財閥)などが代表的なコンツェルンである。なおアメリカでは,コンツェルンという表現はあまり用いられず,同様の内容を示す用語として利益集団interest groupがある。…

【商人】より

…和紙問屋が洋紙問屋になったり,菜種油問屋が石油問屋になったりした。もっとも大きく変貌したのは,旧来の大商人が財閥になったケースである。呉服・両替業の三井家は貿易と鉱山を兼営するようになって,銀行,貿易,鉱山,呉服(1904分離独立)の財閥となった。…

【持株会社】より

…USスチール社は1901年に設立された代表的な持株会社であった。第2次大戦前の日本の財閥は,持株会社である財閥本社を根幹とした巨大コンツェルンであった。財閥本社の特徴は,証券代位を行わなかった点にある。…

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