ブラド4世杭刺し公(読み)ブラドよんせいくいさしこう(その他表記)Vlad IV, Ţepeṣ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ブラド4世杭刺し公」の意味・わかりやすい解説

ブラド4世杭刺し公
ブラドよんせいくいさしこう
Vlad IV, Ţepeṣ

[生]?
[没]1477
ワラキア公 (在位 1456~62,76~77) 。ブラド3世悪魔公の子。 1442年父とともにオスマン帝国に捕囚。のちトランシルバニアに逃亡。トランシルバニア侯フニャディ庇護を受け,その後援でワラキア公となった。モルドバのシュテファン大公と親交,その即位を援助した。公権の強化と中間層の育成によって国制を近代化,オスマン帝国に対する戦争を遂行。国内の反対派大貴族,ザクセン商人,敵国兵を生きたまま杭に刺して処刑したので「杭刺し公」の異名を取った。 62年投獄,76年再びハンガリーの後援で公位に復帰,対オスマン帝国戦争を再開したが,裏切りによって陣没したといわれる。

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