ブルターニュ継承戦争(読み)ブルターニュけいしょうせんそう(その他表記)Guerre de la succession de Bretagne

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ブルターニュ継承戦争」の意味・わかりやすい解説

ブルターニュ継承戦争
ブルターニュけいしょうせんそう
Guerre de la succession de Bretagne

1341~65年にわたるブルターニュ公位相続の戦い。ブルターニュ公ジャン3世死 (1341) 後,姪ジャンヌおよびその夫シャルル・ド・ブロアは女系相続を,異母弟ジャン・ド・モンフォールは男系相続をおのおの主張し国王フィリップ6世に訴えた。王権裁決はシャルル側に有利であり,モンフォールはこれに対抗しナントを占領してイングランド王エドワード3世に支援を求めた。住民も,ブルトンのブルターニュを主張するものはモンフォール・イングランド派を,フランスのブルターニュを主張するものはシャルル派を支持し,内戦はイングランド,フランス両王権の対立へと発展し,ブルターニュは百年戦争の激戦場となった。 65年4月,ゲランドの和約を結び,フランス王に臣従する条件で男系相続が認められて終了し,モンフォールはジャン4世となった。

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