ヘラクレイア・ポンチカ(その他表記)Hērakleia Pontika

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ヘラクレイア・ポンチカ」の意味・わかりやすい解説

ヘラクレイア・ポンチカ
Hērakleia Pontika

黒海南岸のポントス地方に前 560年頃,メガラボイオチアによって建設された古代ギリシアの植民市 (アポイキア ) 。先住民のマリアンデュナイ人を農奴とした。ヘラクレイアは一時キトロスにいたるまでの海岸の大部分を支配し,カラチスとケルソネソスに植民を送り,黒海貿易に活躍,クセノフォンの時代までその市民は主として航海者であった。その後内紛の結果,僭主政が出現し,前 280年まで 84年間続き,同市は全盛期を迎えた。前 280年頃民主政が復活したが,ビティニアとポントスの両王国,ガラテア人の内陸への移住などによって衰退。前 188年ローマと同盟したが,前 74年ミトラダテス6世側に強制的に立たされ,第3次ミトラダテス戦争のときローマ軍によって攻略,略奪されて,その繁栄は終った。

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