ボーフル
ぼーふる
André Beaufre
(1902―1975)
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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ボーフル
Beaufre, André
[生]1902.1.25. フランス,オードセーヌ,ヌイイシュルセーヌ
[没]1975.2.13. ユーゴスラビア,ベオグラード
フランスの軍人。陸軍士官学校,陸軍大学卒業。 1938~39年モロッコの反乱平定に従軍。第2次世界大戦中は第1軍司令部作戦主任参謀。 40~41年アルジェリアで国防長官。ビシー政府に逮捕され,42年釈放後,自由フランス運動に参加。チュニジア,イタリア,フランス解放作戦に従軍。 50~54年仏印派遣軍副司令官,北大西洋条約機構 NATO戦術研究グループ長,56年スエズ遠征フランス軍団司令官,58年 NATO欧州軍参謀長などを経て,60年 NATO軍事代表委員会フランス代表となり,陸軍大将に昇任し退役。退役後,戦略研究所長となり戦略理論に関する研究に従事し,C.ドゴールが推進するフランスの核戦略を立案した。主著『抑止と戦略』 Dissuasion et stratégie (1965) 。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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ボーフル
生年月日:1902年1月25日
フランスの軍人
1975年没
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
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