メキシコのユカタン半島北部にある都市遺跡。マヤ文明後古典期のもので、1250~1450年ころに繁栄した。およそ4平方キロメートルの範囲に石壁の外壁を巡らし、その内部に4140を数える建物が不規則に位置する。大半は居住用の建物であるが、中央部にはケツァルコアトル神の神殿など約120の宗教的・政治的機能を有した公共建造物がある。その形状には、チチェン・イツァーのようなトルテカ・マヤの様式がみてとれる。しかし、ツォンパントリ(頭蓋(ずがい)骨を並べる台)や球戯場、浴室などはない。伝承によれば、マヤパンの一族はイツァマルと組んでチチェン・イツァーを攻め、イツァー人を追放したが、その後イツァマルとも戦うようになった。後古典期のユカタン半島はいくつものマヤ人の小王国に分裂し、同盟を結んだり戦ったりする時代であった。ランダ神父の『ユカタン事物記』にはそのころの伝承が多く記されている。
[大貫良夫]
生命維持活動に必須なエネルギーの獲得や,成長に必要な有機材料を合成するために生体内で起るすべての生化学反応の総称。複雑な分子を単純な分子へ分解してゆく過程でエネルギーを獲得する分解代謝または異化 (カ...