リエパ(その他表記)Maris-Rudolf Eduardovich Liepa

改訂新版 世界大百科事典 「リエパ」の意味・わかりやすい解説

リエパ
Maris-Rudolf Eduardovich Liepa
生没年:1936-89

ソ連舞踊家リガに生まれ,リガおよびモスクワ・ボリショイ・バレエ学校に学ぶ。1955年卒業後,リガ・バレエ団で踊るが,56年末,ソリストとしてモスクワのスタニスラフスキー・ネミロービチ・ダンチェンコ記念音楽劇場に入る。60年ボリショイ・バレエ団に移籍し,《スパルタクス》のクラッスス,《アンナ・カレーニナ》のウロンスキーですぐれた踊りをみせた。舞踊手を引退した後はボリショイ劇場教師として,後進の指導にあたった。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「リエパ」の意味・わかりやすい解説

リエパ
Liepa, Maris-Rudolph Eduardovich

[生]1936.7.27. リガ
[没]1989.3.25. モスクワ
ソ連の舞踊家。 1955年ボリショイ・バレエ学校を卒業後,リガ・バレエ団,スタニスラフスキー・ネビロビッチ=ダンチェンコ劇場バレエ団を経て,60年ボリショイ・バレエ団に入団した。個性的なダンサーで,『ジゼル』『ドン・キホーテ』のほか,特に『スパルタクス』のクラッスス役で絶賛を博した。 67年 M.フォーキンの『ばらの精』を N.ベスメルトノワと再演。 69年レーニン賞を受賞し,ソ連人民芸術家の称号を得た。息子のアンドリス (1962.9.6.~ ) もすぐれたダンサーで,欧米でも活躍している。

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