日本大百科全書(ニッポニカ) 「レスコーフ」の意味・わかりやすい解説
レスコーフ
れすこーふ
Николай Семёнович Лесков/Nikolay Semyonovich Leskov
(1831―1895)
ロシアの小説家。オリョール県の生まれ。父は僧侶(そうりょ)の子で、小官吏から一代貴族になった。同地の中学校を中途退学後、キエフ(現、キーウ)の徴兵局に勤務、のちにイギリス人の経営する商会の外交員としてロシア全土を旅行しつつ、民衆の人情風俗についての深い知識を身につけた。1861年、首都ペテルブルグへ出て文学の道に入り、『じゃこう牛』(1863)で作家として出発したが、急進的インテリゲンチャを皮肉った初期の長編『どんづまり』(1864)、『いがみ合い』(1870~1871)が災いして反動作家とみなされ、長く黙殺されていた。しかし、ゴーリキーなどは、「人生の諸現象の把握の広さ、その世態的な謎(なぞ)の理解の深さ、ロシア語の深奥な知識」において、レスコーフは19世紀ロシア文学の巨匠たちをしばしば凌駕(りょうが)している、といっている。代表作は、聖職者の世界を扱ったユニークな長編『僧院の人々』(1872)、女性の犯罪心理を描いた中編『ムツェンスク郡のマクベス夫人』(1865)、独特の説話体で書かれた筋の変化に富む二つの中編『魅せられた旅人』(1873)、『封印された天使』(1873)などである。彼は輝かしいスタイリストであり、優れたストーリー・テラーであり、健康なユーモア、円満な常識、ロシア人についての借り物でない深い知識とをもって、19世紀の巨匠たちが描いたとは異なる環境のロシア人(たとえば商人、分離派教徒など)を描き出した、種々の意味でもっとも「ロシア的な」作家の一人であったといえる。
[木村彰一]
『神西清訳『ムツェンスク郡のマクベス夫人』(岩波文庫)』▽『米川正夫訳『封印された天使』(新潮文庫)』