ワシーリー・シュイスキー(その他表記)Vasilii Shuiskii

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 の解説

ワシーリー・シュイスキー
Vasilii Shuiskii

[生]1552
[没]1612.9.22. ワルシャワ近郊ゴスティン
ロシアのツァーリ (在位 1606~10) 。リューリクにさかのぼる名門シュイスキー家の一員。ボリス・ゴドゥノフとの権力闘争に敗れて失脚したが,のち許されて彼に仕え,にせドミトリー1世出現後は,面従腹背の態度をとり,彼の死後,1606年大貴族らに推されてツァーリとなった。 06~07年 I.I.ボロトニコフに率いられた農民反乱をようやく鎮圧したが,まもなくポーランドのあと押しを受けるにせドミトリー2世が現れ窮地に陥った。彼はスウェーデンと結んで反撃しようとしたが,かえってポーランド王ジグムント3世ワーザの公然たる介入を引起し,敗戦の最中モスクワ市民の反乱が起り,退位を余儀なくされた。ポーランド軍に引渡され,ゴスティン城で獄死

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