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アチェ紛争 あちぇふんそう

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知恵蔵の解説

アチェ紛争

スマトラ島の西北端、インドネシア・ナングロアチェ州(旧アチェ特別州、人口約400万)で、分離独立を求める武装ゲリラ組織の自由アチェ運動(GAM:Gerakan Ache Merdeka)と中央政府との抗争。1970年代半ばにGAMが組織されて以来、この紛争で約1万7000人の犠牲者がでたが、2005年8月15日、フィンランドの仲介によりヘルシンキユドヨノ政権とGAMは和平協定に調印した。協定にそって05年末までに、GAMは840点を含む武装を解除し、国軍側もアチェ増派部隊を撤収させた。インドネシア国会は06年7月、同州に広範な自治を認める法案を可決。年内にも州政府の指導部を選ぶ選挙が実施されることになった。海運の要衝マラッカ海峡に面したアチェは16世紀に王国を築き、オランダ植民地化にも激しく抵抗し、独自の気風を育んだ。石油や天然ガス資源が豊富だが、開発の主導権は中央政府に握られ、地元への見返りが少ないことなどへの不満が独立派の背景にある。スハルト政権は圧倒的な武力で独立運動を抑え込んだが、政権崩壊後、ゲリラ活動が活発化。ワヒド政権は対話路線打ち出し、続くメガワティ政権は資源収入分配の優遇化や自治権拡大を認めて02年12月に和平協定が成立した。だが、GAMの武器放棄・保管プロセスなどをめぐって対立が再燃。事態は再び泥沼化していたが、04年末のスマトラ沖大地震・大津波で同州は17万人余の死者がでる最大の被災地となり、外国支援の受け入れ態勢づくりの必要性などから紛争終結へと向かった。

(大野拓司 朝日新聞記者 / 2007年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」
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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

アチェ紛争

インドネシアのスハルト体制下で、天然ガスなどの資源が中央政府に搾取されているとして、76年にハッサン・ティロ氏(後にスウェーデンに亡命)らがゲリラ組織「自由アチェ運動」(GAM)を結成。スマトラ島北部の独立を宣言し、武装闘争を始めた。05年8月にナングロアチェ州に広範な自治を認める和平合意が成立。その間、1万5千人以上が犠牲になったとされる。同州の面積は約5万7千平方キロ、人口約400万人。

(2007-01-01 朝日新聞 朝刊 1外報)

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