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ヘルシンキ ヘルシンキ Helsinki

翻訳|Helsinki

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ヘルシンキ
ヘルシンキ
Helsinki

フィンランドの首都。スウェーデン語ではヘルシングフォルス Helsingfors。ウーシマー県の県都。フィンランド南部,フィンランド湾に臨むビロニエミ半島にある港湾都市。 1550年にスウェーデングスタフ1世バーサにより建設され,数度の戦禍を被ったが,1812年トゥルクに代わって首都となった。

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デジタル大辞泉の解説

ヘルシンキ(Helsinki)

フィンランド共和国の首都。バルト海の支湾フィンランド湾に面する港湾都市。機械・造船・繊維などの工業が盛ん。スウェーデン語名、ヘルシングフォルス。人口、行政区57万(2008)。

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百科事典マイペディアの解説

ヘルシンキ

フィンランドの首都。同国南東部,フィンランド湾岸の港湾都市。北緯60°近くにあり,1〜5月は結氷する。ヨーロッパ最大の陶器工場があり,造船,繊維,機械,食品加工などの工業も行われる
→関連項目スオメンリンナの要塞群フィンランドヘルシンキオリンピック(1952年)

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世界大百科事典 第2版の解説

ヘルシンキ【Helsinki】

フィンランド南部,フィンランド湾に面した港湾都市で,同国の首都。文化・芸術の中心でもある。人口48万3000(1981)でこの国第1位。スウェーデン王グスタブ・バーサは,ハンザ同盟勢力からの脱却をめざし,また当時フィンランド湾の商業活動を支配していた南岸のタリンに対抗する商業都市をその北岸にもつくることをめざして,1550年6月命令書を出し,入江の奥のバンター河口に町をつくらせた。これがヘルシンキの前身で,1600年代初頭には人口600,この国第3の都市へと成長していたが,40年クリスティーナ女王の命令により,岬で三方が海に面し外海に近くもっとよい港が得られる現在地への移転が決まった。

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大辞林 第三版の解説

ヘルシンキ【Helsinki】

フィンランド共和国の首都。バルト海に臨む港湾都市。電子・陶器・機械・繊維などの工業が発達。木材・パルプ・紙などの輸出が盛ん。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ヘルシンキ
へるしんき
Helsinki

フィンランドの首都。人口55万9718(2001)。フィンランド湾に臨む入り江の奥に建設された都市で、スウェーデン語名ヘルシングフーシュHelsingfors。地盤の隆起や冬季の氷結のために、より条件のよい岬の先端の現在位置に、1640年港と市街が移転した。一名「バルト海の娘」と称される。
 旧市街は三方を港で囲まれ、かつて聖ニコライ教会とよばれた大寺院とその前の上院広場、これらを取り囲む官庁・大学などの建造物が方形のブロック内に計画的に配置されている。市の発展に伴って市街は北方に拡大したが、近年は長大橋で結ばれた東西両方向の島嶼(とうしょ)上にも住宅地が展開している。市内には緑豊かな大公園が多く、郊外住宅地もシラカバやマツの林の中に点在する。都市環境の維持に力が注がれ、人口の流入を抑制しているが、鉄道駅の北方への移転と市街地の再開発が検討されている。都市機能の集中に対応する人口の市内流入が困難なため、西方のエスポーEspoo(人口21万6836、2001)や北方のバンターVantaa(17万9856、2001)などの衛星都市の人口増加が著しい。なかでも、エスポーに属するタピオラTapiolaは林間住宅地区として知られる。周辺からヘルシンキへの通勤人口の多くは発達したバス路線に依存しているが、地下鉄も建設された。
 第三次産業が就業人口の70%を超えるが、港湾依存の造船、金属、機械のほか、食品、繊維、陶器などの工業も盛んであり、工業生産額でもタンペレをしのいで第1位である。しかし西港と北港周辺に大工場の集中立地がみられる程度で、過度の工業集積はない。[塚田秀雄]

歴史

1550年スウェーデン王グスタフ1世(グスタフ・バーサ。在位1523~1560)によって建設された。当時宗教改革の嵐(あらし)のなかでフィンランド湾南岸のドイツ騎士団領は崩壊しつつあり、そこを通過して行われるロシア貿易にスウェーデンは重大な関心を示した。その貿易をフィンランド経由にすることによって利益を得ようとするのがヘルシンキ建設の目的であった。しかし同市は容易に発展せず、その後、フィンランド湾南岸に臨むエストニアの港タリンを手中にすると、ヘルシンキに対する関心は失われた。また火事や疫病もあり、18世紀の大北方戦争の際にはロシア軍の占領を受け、町は灰燼(かいじん)に帰した。1748年ビアポリ要塞(ようさい)が都市防衛のため築かれたのを契機として新たな発展を始め、また往来する啓蒙(けいもう)主義的将校たちによってプチブル的文化がもたらされた。ロシアによるフィンランド併合まもない1812年トゥルクから遷都され、諸官庁や大学が徐々に移され、都市計画に基づいてネオ・クラシック様式の建物が次々とつくられた。産業革命の進行とともに市街区域も大きく発展する。独立翌年1918年の内戦では、初め赤衛軍の拠点となり、第二次世界大戦ではソ連機の爆撃を受けたが占領は免れた。戦後、第15回オリンピック大会(1952)、ヨーロッパ安全保障協力会議(1975、1985)などの開催地となった。[玉生謙一]

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