アルガルディ(英語表記)Alessandro Algardi

改訂新版 世界大百科事典 「アルガルディ」の意味・わかりやすい解説

アルガルディ
Alessandro Algardi
生没年:1595か98-1654

バロックの巨匠ベルニーニと対立する,イタリア17世紀古典主義彫刻の代表者。生地ボローニャカラッチアカデミーで教育を受け,1625年ごろローマに赴く。同門のドメニキーノ,フランス人画家プッサンらと同じく,バロック期ローマにおいて古典的流派を形成した。44年インノケンティウス10世即位とともに,ベルニーニ失脚後のローマ彫刻界の中心人物となる。代表作のレオ11世廟墓(1652)は,ベルニーニのウルバヌス8世廟墓が華美で装飾的であるのに反し,白大理石で端正なモニュメンタリティを示す。しかし,《セバスティアヌス》(1626)には,ベルニーニ的な激情も感じられる。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アルガルディ」の意味・わかりやすい解説

アルガルディ
Algardi, Alessandro

[生]1595. ボローニャ
[没]1654.6.10. ローマ
イタリアの彫刻家,建築家。ボローニャで L.カラッチの門に入り,彫刻は J.チェザーレに学ぶ。一時マントバ公に仕えたが,1625年頃公の紹介でローマへおもむき,初めはおもに古代彫刻の修復に従事。『聖フィリッポ・ネリ』 (1640) ,『教皇レオ 11世の墓碑』 (45頃) ,またヤニクルム丘上のドリア・パンフィリ荘 (44頃) などを手がけた。インノケンチウス 10世に重用されてベルニーニとともに教皇庁の御用作家となる。教皇の命で『教皇レオ,アッチラを追う』 (50) を彫刻したのをはじめ,多数のバロック式彫刻,サン・イニツィオ聖堂の外装などを行い,ベルニーニの華麗な絵画的傾向を押えた古典的作風を示した。

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世界大百科事典(旧版)内のアルガルディの言及

【バロック美術】より

…彼らに画家ピエトロ・ダ・コルトナが協力して作り上げたバルベリーニ宮殿大広間は盛期バロックの代表作である。ベルニーニに続くすぐれた芸術家としては,彫刻家アルガルディ,デュケノア(フランドル出身)などがあり,彼らはまた名人芸をもつインテリア・デザイナーや金工家らと協力して,スタッコや金めっきを駆使した絢爛豪華なバロック的空間を創出した。このようなバロック的空間の究極の例は,バチッチアおよびポッツォによるイリュージョニスティックな大天井画である(イル・ジェスー教会など)。…

※「アルガルディ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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