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オングート Önggüd

世界大百科事典 第2版の解説

オングート【Önggüd】

遼以後モンゴル帝国,元代までモンゴル高原陰山山脈付近にいた遊牧民族。トルコ系。汪古惕と漢音訳される。根拠地は陰山山脈北方のオロン・スム。遼,金に服属し,両王朝の北辺防衛の任に当たり,13世紀初めチンギス・ハーンが勃興すると,その部族長アラクシ・ディギト・クリはすすんで服属し,以来歴代部族長は皇室の娘と王号を与えられた。オングート部はネストリウス派を熱心に信仰していたが,元代にはカトリックの信者もかなり出た。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

オングート
おんぐーと
ngd

中国、金・元代に内モンゴル、陰山山脈の北に居住したトルコ系の遊牧部族。その起源は、唐末の混乱期にこの地方に移った、沙陀突厥(さだとっけつ)やウイグルの一部などが混成したものという。宋(そう)人からは白達達(はくたつたつ)とよばれた。中国文化や西方の文化を取り入れ、モンゴル高原の遊牧民のなかでも比較的高い文化をもっていたといわれる。オングートの一部は金朝に服属し、その北西辺の防衛の任務を受け持った。モンゴル部にテムジン(チンギス・ハン)が現れ、モンゴリアの統一を進めるうち、13世紀の初め、オングート部長アラクシュ・テギト・クリはこれに臣従し、その同盟者となった。オングートは熱心なネストリウス派キリスト教徒であったことが知られ、オングート部長は司教の位をもっていた。王城は内モンゴルのオロン・スムにあったが、元朝の滅亡後、明(みん)軍の攻撃によって破壊された。オングートの後裔(こうえい)はエングートとよばれ、内モンゴル、トゥメト部の一員となった。[森川哲雄]

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