ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「カルル7世」の意味・わかりやすい解説
カルル7世
カルルななせい
Karl VII, Albrecht
[没]1745.1.20. ミュンヘン
神聖ローマ皇帝 (在位 1742~45) 。カルル・アルブレヒトとしてバイエルン選帝侯マクシミリアン2世エマヌエルの子。皇帝カルル6世の死後,国事詔書 (国本勅令) に反して,全オーストリアの継承を要求し,フランス,スペインの支援を得て軍を起し,プロシアがこれに加わって,1740年第1次シュレジエン戦争を起した。 42年皇帝に選挙されカルル7世となったが,マリア・テレジアの反撃を受け,バイエルンの首都ミュンヘンも占領された。プロシアが再度バイエルンと結び,44年第2次シュレジエン戦争を起すと,カルル7世もこれに力を得て,一時ミュンヘンを奪回し,翌年没した。その死後まもなく,マリア・テレジアはバイエルンを屈服させ,彼女の夫君フランツが皇帝に選ばれた。
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