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ギルシュマン ギルシュマンGhirshman, Roman

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ギルシュマン
Ghirshman, Roman

[生]1895.10.3. ハリコフ
[没]1979. ブダペスト
ロシア生まれのフランス考古学者。ソルボンヌ大学パリ大学エコール・ド・ルーブルアッシリア語,古代オリエント学を学ぶ。 1930年イラクのテッロー (古代名ラガシュ) の発掘に参加,その後イランに移り,テペギヤン (1931~32) ,テペシアルク (1933~35,1937) ,スーサ (1946~67) ,チョガザンビル (1951~62) の発掘を行ない,特に先史考古学の分野で多大の成果をあげた。なおこの間にアフガニスタンのフランス考古学調査団長やカイロのフランス考古学研究所所長を歴任した。主著『イランの古代文化』 Iran,des origines à l'Islam (1950) 。

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世界大百科事典 第2版の解説

ギルシュマン【Roman Ghirshman】

1895‐1979
フランスのオリエント考古学者。ラガシュ(イラク),テペ・ギヤン,テペ・シアルク,スーサの先史遺跡,チョガ・ザンビル,マスジェデ・ソレイマーン,ビーシャープールの歴史時代の遺跡(以上イラン),ベグラーム(アフガニスタン)などを発掘。オリエント古代史に多大の貢献をした。発掘報告書,論文の数はきわめて多く,また邦訳書としては《イランの古代文化》(1966),《古代イランの美術》I,II(1962,63)がある。

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世界大百科事典内のギルシュマンの言及

【シアルク】より

…600m離れた南北2基の丘を主体とし,南丘の南にA墓地,西にB墓地を伴っている。1933‐34,37‐38年にフランスのR.ギルシュマンが発掘して,イラン高原における先史時代の研究に初めて重要な層位学的根拠を与えた。6期に大別され,I・II期の北丘は大きさ320m×110m,文化層の厚さは約13mで,I期は5層,II期は3層からなる。…

【チョガ・ザンビル】より

…前13世紀中葉にエラム王ウンタシュガルUntash‐Galが建設したドゥル・ウンタシュDur‐Untashである。R.ギルシュマンが1951‐62年に本格的な発掘を行った。ジッグラトは1辺105mで四隅が四方に向き,現高の28mから5層,52.6mの高さに復原できると,このジッグラトは底辺の四側を200エラム・キュービット,高さを100エラム・キュービットで建設していたことになるといわれる。…

【ベグラーム】より

…それは,インドの象牙細工(函,椅子の背もたれ),シリアの青銅製品(彫像,灯台など),ローマガラス(彩絵した杯形器,魚形器など),アレクサンドリアの石膏製品(浮彫人物像のある円板),中国漢代の漆器(洗など)から成る。R.ギルシュマンはついで大路の西側と東側を発掘して,I期(インド・ギリシア人時代),II期(クシャーナ時代),III期(キダーラ・クシャーナ時代。5世紀以前)の3回の都市遺構を層位上確認し,財宝がII期のクシャーナ時代に当たるものであることを認めた。…

※「ギルシュマン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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